「土佐のまほろば風景街道」〜紀貫之 雅のエリアについて

紀貫之 雅のエリア
*写真出展:国府史跡保存会「土佐の国府」リーフレット

 

 

 

紀貫之邸跡

紀貫之邸跡


奈良時代より平安時代まで数百年間の国司官舎の跡。
歴代国司の中でも紀貫之は、古今集撰者、土佐日記作者として知られています。
館跡では毎年「土佐日記門出のまつり」が行われています。

 

 

 

 

 

 

古今集の庭

古今集の庭


平安時代をモチーフに曲水などを配し、古今集の和歌32首を掲示し、その草木を植えたコーナーを設けた施設です。
紀貫之の業績に因み、「古今集」と命名され、南国市における歴史の中核的な役割を担っています。

 

 

 

 

 

 

国庁跡

国庁跡


土佐の都が置かれたところ。昭和38年7月に県指定の史跡となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比江廃寺跡

比江廃寺跡


白鳳時代に、法隆寺と同形式の寺院がありました。その寺院の塔の礎石が残されています。
塔は五重のものと推測されており、国に指定された県下唯一の塔の史跡です。
県内では最古の寺院跡となります。

 

 

 

 

 

 

国分寺

国分寺


長宗我部元親が永禄元年に再建した本堂は、風格のあるこけら葺きと、天平文化に模した寄り棟造りが特徴となっており、国の特別保護建造物に指定されています。
本尊は千手観音(行基作)

 

 

 

 

 

 

 

 

総社

総社


土佐の国に着任した国司が、国内の二十一社の巡杯が困難となったために、国庁所在地にまとめて勧請をしました。それが総社です。
喜式所載の土佐の国二十一社が集められています。 

 

 

 

 

 

 

 

日吉(ひえ)神社

日吉(ひえ)神社


古代、近江坂本に総本社のある日吉大社から勧請されたもの。通称「ひよし様」。 祭神は大山昨命で、土地の名「比江」はこれに由来するとの学説もあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

永源寺

永源寺


住古、観音寺と称し国庁鬼門除けの寺。
土佐藩家老山内備後守彦作の開基と伝えられています。
土佐国三十三観音第十一霊場。 

 

 

 

 

 

 

 

 

卵塔

卵塔


永源寺の裏山にある土佐藩家老、乾一家の墓地。
卵塔は梵語を出所とした石塔のことです。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比江山城跡と比江山神社

比江山城跡と比江山神社


比江山城は元亀の頃、長宗我部氏が本城の出城として築いたもので、その後本城移動で廃城となりました。
現在の比江山神社のあるところが天守であったと言われています。現在は南の隅に土塁が残るのみです。 

 

 

 

 

 

 

阿波塚

阿波塚


比江山続きの丘陵地(平曽)、旧本山街道の側にある古堂が阿波塚です。
長宗我部7代兼光の時、阿波軍と戦い、阿波兵の犠牲者を埋葬しました。 

 

 

 

 

 

 

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